猫(くどい気がする)
去る四月の某日、私たちは出逢いました。
あの公園、あのベンチで。
おそらく私とあなたが顔を合わせたことは、以前にも有ったとは思いますが、真っ当に出逢ったのは、これがはじめてだったでしょう。
桜の舞い、陽光のくすぐったいような日でした。
あなたは、他の人とは違いました。
贈り物をしなかったり、無闇に撫でようとしなかったり。
遠すぎず、近すぎず、気ままにベンチで横になって微睡んでいただけなのがあなただったのです。
大抵の人は私に贈り物をして気をひこうとします。
また、隣に腰を降ろせば、普通は掌を頭に置かれることを覚悟せねばならないのです。
しかし、あなたはそのようなことはしませんでした。
私は、いい加減にもう、普通の人の即物的な贈り物にうんざりしていましたし、何よりも、私の普通とは全く違うあなたに興味があったのです。
もしかすると、偶然にも私が見えなかったのかもしれない。
そう思い、私はあなたの微睡むベンチへ近付きます。
腕を枕にして、空を見るのか瞼を見るのか。
私は私を見せました。
ここで、あなたが今までの人たちと同じように変わってしまうのではないかとも思いましたが、幸いと言うべきか、あなたは、当初の予感通り、やはり他の人たちとは違いました。
けしてあなたはあなたから私に触れようとしなかったのです。
かといって、私に無関心かというとそうでもなく、あなたは私との距離を適度に保っていたのです。
少なくとも私から見ればそうでした。
それまでの即物的な愛に泥濘んでいた私の心に、あなたは簡単に轍を残せたでしょう。
しかし、あなたはそうしなかった。
あくまでも、轍を残したのは私だったのです。
いつだって私は気儘に在りました。
その調和には、自分以外の存在に依存しないという前提が組み込まれていたのです。
私は、他のものの様に毛並みや小綺麗さを求めるという虚栄的な束縛から解放される代わりに、自らに内包された自殺因子については結局無防備なのでした。
自縄自縛の中で、私は何時あなたの様な不協和音に気付けたのでしょう。
否、或いはこの不協和音こそが、楽曲に於ける必然だったのかもしれません。
しかし、心地よく聴こえた余分な音は、永久に消えることのない轍を残したまま、私の泥濘を乾かしてしまったのです。
癒えることのない渇きに、消えない轍に、私は彷徨い、幾度も足を取られました。
気付けば私の体は埃まみれになってしまって、私は何時しか雨を求める様になっていました。
以前忌み嫌っていた豪雨を。
それは、その時の私には、縄を溶かし、轍を消してしまうカタルシスの如く感ぜられたのです。
斯くして私はあなたの本を離れました。
然りとて、詰まるところ縄は以前の柔らかさを失い、轍は更なる猥雑さを携えて再び私を苛立たせました。
私は、私は、またしても欲求の方角を戻してしまったのです。
あなたという太陽を求めて。
私が求めていたのは、柔らかな春の日差しでした。
しかし季節は色を変え、私の気付かぬうちに太陽は残酷さをもたげて照らしつけました。
陰などなく、増してやオアシスもなく、私は此処に至って初めて夏を呪いました。
今までであれば、繁々とした緑葉の下で寛げたのですが、私は自らの手で大樹を枯らしてしまっていたのです。
灼けつく盛夏に、涼ろやかな晩夏を所望したのですが、時流は私の苦悩など余所に蒸し暑い晩夏を終えて、幾分涼しい秋の夜を迎えていました。
私が枯らしてしまった大樹にはもう青葉は繁りませんが、それでも他にいくらでも樹は青々として在りました。
私はそのうちの一つ、あのベンチから程良く離れた樹下に寝転がり、空を仰ぎます。
するとそこには雲一つない、蒼い蒼い月がぽつねんと居たのです。
私は月光に刺された様な気になりました。
嗚呼。
端から琥珀も瑠璃も求めなくて良かったのです。
透き通る翡翠だけで、私には事足りた筈だったのかもしれません。
然し、私は琥珀を求めてしまいました。
となれば、翡翠は私の心を捉えることはできないのです。
かと言って、琥珀を手に入れることもかなわないでしょう。
ならば、
私は雨中の月の下、ベンチの見える泥濘に身を横たえました。
其処ならば、あのベンチからも僅かに見えるだろうと思ったのです。
私に積もった埃は、責めるような雨が全て流してくれました。
私が其処に眠ることを決めたのは、あなたという不協和音に対する当てつけからだったのかもしれません。
きっと私の痕は来年の春まで残るでしょう。
来る冬の霜が今年は優しい、そんな気がしたからです。
あの公園、あのベンチで。
おそらく私とあなたが顔を合わせたことは、以前にも有ったとは思いますが、真っ当に出逢ったのは、これがはじめてだったでしょう。
桜の舞い、陽光のくすぐったいような日でした。
あなたは、他の人とは違いました。
贈り物をしなかったり、無闇に撫でようとしなかったり。
遠すぎず、近すぎず、気ままにベンチで横になって微睡んでいただけなのがあなただったのです。
大抵の人は私に贈り物をして気をひこうとします。
また、隣に腰を降ろせば、普通は掌を頭に置かれることを覚悟せねばならないのです。
しかし、あなたはそのようなことはしませんでした。
私は、いい加減にもう、普通の人の即物的な贈り物にうんざりしていましたし、何よりも、私の普通とは全く違うあなたに興味があったのです。
もしかすると、偶然にも私が見えなかったのかもしれない。
そう思い、私はあなたの微睡むベンチへ近付きます。
腕を枕にして、空を見るのか瞼を見るのか。
私は私を見せました。
ここで、あなたが今までの人たちと同じように変わってしまうのではないかとも思いましたが、幸いと言うべきか、あなたは、当初の予感通り、やはり他の人たちとは違いました。
けしてあなたはあなたから私に触れようとしなかったのです。
かといって、私に無関心かというとそうでもなく、あなたは私との距離を適度に保っていたのです。
少なくとも私から見ればそうでした。
それまでの即物的な愛に泥濘んでいた私の心に、あなたは簡単に轍を残せたでしょう。
しかし、あなたはそうしなかった。
あくまでも、轍を残したのは私だったのです。
いつだって私は気儘に在りました。
その調和には、自分以外の存在に依存しないという前提が組み込まれていたのです。
私は、他のものの様に毛並みや小綺麗さを求めるという虚栄的な束縛から解放される代わりに、自らに内包された自殺因子については結局無防備なのでした。
自縄自縛の中で、私は何時あなたの様な不協和音に気付けたのでしょう。
否、或いはこの不協和音こそが、楽曲に於ける必然だったのかもしれません。
しかし、心地よく聴こえた余分な音は、永久に消えることのない轍を残したまま、私の泥濘を乾かしてしまったのです。
癒えることのない渇きに、消えない轍に、私は彷徨い、幾度も足を取られました。
気付けば私の体は埃まみれになってしまって、私は何時しか雨を求める様になっていました。
以前忌み嫌っていた豪雨を。
それは、その時の私には、縄を溶かし、轍を消してしまうカタルシスの如く感ぜられたのです。
斯くして私はあなたの本を離れました。
然りとて、詰まるところ縄は以前の柔らかさを失い、轍は更なる猥雑さを携えて再び私を苛立たせました。
私は、私は、またしても欲求の方角を戻してしまったのです。
あなたという太陽を求めて。
私が求めていたのは、柔らかな春の日差しでした。
しかし季節は色を変え、私の気付かぬうちに太陽は残酷さをもたげて照らしつけました。
陰などなく、増してやオアシスもなく、私は此処に至って初めて夏を呪いました。
今までであれば、繁々とした緑葉の下で寛げたのですが、私は自らの手で大樹を枯らしてしまっていたのです。
灼けつく盛夏に、涼ろやかな晩夏を所望したのですが、時流は私の苦悩など余所に蒸し暑い晩夏を終えて、幾分涼しい秋の夜を迎えていました。
私が枯らしてしまった大樹にはもう青葉は繁りませんが、それでも他にいくらでも樹は青々として在りました。
私はそのうちの一つ、あのベンチから程良く離れた樹下に寝転がり、空を仰ぎます。
するとそこには雲一つない、蒼い蒼い月がぽつねんと居たのです。
私は月光に刺された様な気になりました。
嗚呼。
端から琥珀も瑠璃も求めなくて良かったのです。
透き通る翡翠だけで、私には事足りた筈だったのかもしれません。
然し、私は琥珀を求めてしまいました。
となれば、翡翠は私の心を捉えることはできないのです。
かと言って、琥珀を手に入れることもかなわないでしょう。
ならば、
私は雨中の月の下、ベンチの見える泥濘に身を横たえました。
其処ならば、あのベンチからも僅かに見えるだろうと思ったのです。
私に積もった埃は、責めるような雨が全て流してくれました。
私が其処に眠ることを決めたのは、あなたという不協和音に対する当てつけからだったのかもしれません。
きっと私の痕は来年の春まで残るでしょう。
来る冬の霜が今年は優しい、そんな気がしたからです。
- 2008年04月21日(月) 21:14
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